音楽番組でもないのに、曲紹介みたいなコーナーを作るのはやめてほしい。
別に興味ないし、逆に聴いたって何が良いのか分かる訳でもない。だから、いつもはこのコーナーになったらチャンネルをすぐさま切り替える。
いつもなら…。
その曲の曲調が良かったのでもなく、歌詞に感動したということでもなかった。
ただ、日本語という自分の中では語彙の少ない言語で、知っている言葉がそこに出たからなだけであった。
『アイシテル』
歌詞がテレビの液晶の下に出ていたけれど、どれも難しい漢字という文字が連なっていて、ほとんど読めなかった。さらに平仮名までついていて、これだから日本語は理解し難いと思う。
下にちゃんと英文もご丁寧に添えられていたが、どれがどこに対応しているのかもさっぱりだ。
だけど…、何か心に引っ掛かるものがあって、なかなかリモコンに手をつけることができなかった。
「……」
「何見てんの?」
トイレから戻ってきたソウルが、いきなり耳元で声をかけてきた。吃驚して手が滑り、リモコンを落としてしまった。
「あっ」拾ったついでにもう変えてしまおうと思ったが、既に隣の彼が興味を示していた。
「お、平井堅じゃん」
「…え、知ってんの?」
この曲を歌っている歌手のことなんてこれっぽっちも知るはずも無いわたしは、彼に聞いた。
ピアノが弾けるのだから、音楽に長けているのはもしかしたら当然なのかもしれない。しょうがない、彼曰くどうせ私は音楽IQが低いらしいし。
「日本じゃ結構有名らしいよ?」
「へえ…」素っ気ない返事をしてしまった。別にそんなことはどうでも良くて、早く話題を、チャンネルを変えたいだけなのだ。
「いくつかCD持ってるけど…マカには分かんないかもな」彼は笑いながら言った。
だから、今変えようと思ったのに…。不服な気持ちから、自然に頬が膨らんでいた。
「でさ、質問なんだけど。」彼はふと思い付いたように尋ねた。
「何?」
「アイシテルってどういう意味?」
その問いを聞いて、私は顔がかっと熱くなった。その意味は知っている。だけど、言いにくかった。
彼が、疑問に感じているような顔には見えないけれど…、聞かれてるから答えなきゃと思った。
「直訳すれば…I love youってところじゃないの…」
告白してる訳でもないのに、声が思うように出せなかった。
やっぱり…こういう言葉って気持ちが無くとも恥ずかしいものなのかな…と感じた。
「ふうん、そうなんだ」
なんだか気力の無い返答。ただ、その顔は何か企んでいるようにも見えてきて…。
「ソウル…どうかしたの」
「マカ」
彼は私の名前を呟くと、いつもより薄く笑って、まるで…誰かを見守るような微笑みをした。
「え…なに?」
「“あいしてる”」
…思考停止。はぁ?としか言えなかった。
ちょっと考えてから、
「ソウルって笑いながら告るの?」と聞いた。そんな訳ないだろうけど。
「…なんて、言ってみただけだよ」彼は冗談だと言って笑い直した。
…予想通りの返事。なぜかそれがつまらなく感じた。
「…何よ」彼にとって、告白って…。
「…冗談?意味分かんない。気持ちの無い空っぽな言葉なんて聞きたくない」
ふいっと顔をそらしてた。自分でも理由も解らず口走ってた。
…告白されたいのか私は?
「あ…」彼の戸惑う声が聴こえる。
だから、ソウルは…告白してるんじゃないんだって…。
何で私は真に受けているの?
「ごめん、そういうつもりじゃなかった」そう聞こえたと同時に、彼の顔が近くなった。
ついで、腕が回ってきて、
「愛しているよ、マカ」と言われた。今度は、英語だった。
「え…」
まだ寒さの残るこの時期。彼の指先は氷をあてたように冷たかった。なのに、そこが温まっていく感覚があった。
その時、テレビからまだあの曲が聴こえていて。下の英文をちらっと見てみると、
『愛していると言って』と書いてあった。
ふっと笑みがこぼれた。私の心が読まれたせいかな、なんて考えてみる。
「どうした?」
「ん?何でもないよ」
ううん、何でもなくない。いま、この瞬間がちょっと温かくて素敵な瞬間。とても嬉しかった。
ソウルが私に告白してくれた。
私も、あなたを愛してる。
enど。