課外授業の帰り。ロンドンの郊外をバイクで走っていた。12月の下旬とあって、頬に当たる空気が針で突くように痛かった。後ろにいるマカは、俺の背にしっかりしがみ付いている。大きく息を吐くと、白い空気が宙を舞った。
暫くすると、マカがふと顔を上げ、あ…と呟いた。
「どうした?」
「ちょっとバイク止めて」
言われるがままにバイクのブレーキを引くと、彼女は顔を真上に向けて、やっぱり、と叫んだ。
「何が?」
「雪が降ってる」
頭を触ってみると、冷たい水が手のひらに付いてきた。思わず顔を上げると、目に雪が入った。
「うぇ、冷て」
「あはは、…わあ、雪だー!!」
そう言うと、彼女はバイクを降りて、きゃあきゃあ走り回った。
「おーい…」
俺の声をかき消すように、粉雪は勢いを増し、流れるように降り始める。一気に大雪になって、冷え込んできた。服には細かい雪が付き、指先が悴む。
「マカー、あんまりはしゃぐと転…「うわっ!」
注意しようとした矢先、彼女は顔から思いっきりずっこけた。
「いったあ…」鼻を両手で押さえ、う〜と唸る彼女。
「大丈夫か?」
「…冷たい痛い寒い痛い!!」
鼻声で言いながら、此方に駆け寄る。
俺もバイクを降りてみた。辺りを見回すと、気がつかなかったが道路の脇に雪の塊があった。少し前にも降ったらしい。バイクで転倒しなかったのが幸いだ。
「ソウル!」
マカの声に振り向くと、小さな雪玉が腕に当たった。彼女は指先を真っ赤にしながら雪玉を握っている。
「…何してんの?」
「何、って…雪だよ雪。こんなにあるんだから、遊ばなきゃ損だよ」
そう言って、彼女は雪玉をえいと投げつけてきた。しょうがないから、俺も雪玉を作って投げた。彼女はあっさり避けて、ソウルの下手くそーとか言ってけらけらと笑った。下手くそ言うな。
「今のはわざと外したんだよ」
「じゃあ次は当ててみてよ」彼女はにこっと微笑んで雪玉を握る。
こうして、二人だけの雪合戦が始まった。
―どれ程の時間が経っただろう…。随分と長く遊んだ気がする。
マカが急に思いついたように、
「死神様に報告してない…」と呟いた。
彼女はきょろきょろと辺りを見回し、鏡になるものを探す。そして近くにあった、店のショーウィンドウに駆け寄った。いつもの番号をなぞり、彼女は気をつけの姿勢になった。俺も彼女の横に立つ。
ガチャと繋がる音がして、ウィンドウ全体に死神様の顔がどんと映った。
「ハロハロ死神様、鎌職人のマカです♪」
「うっすちゃっすうぃ〜すお疲れさ〜ん…あれ?」
いつもの台詞をいつもと変わらず笑顔で言う彼女。それに答えようとした死神様は、首を傾げた。
「…どうかしましたか?」
おそるおそるマカが尋ねると、死神様は首を傾げたままこう言った。
「二人とも体に雪がいっぱい付いてるけど…何かあったの?」
え?と、マカと見合わせてみると、彼女は服にも髪にもいろんな所に小さな白いかけらが付いていた。自分の服にも、たくさんそれが付いていた。
「うわ、ソウル、頭も体も真っ白じゃん」
「お前もコート真っ白」
「…で、何があったの?」
「「…。」」
雪合戦してた、なんて言えるか…。俺がひとつ、ため息をつくと、いきなりマカが
「ソウルが運転を誤ってすっこけました」
と棒読みで言った。人のせいにしやがった…。
「あらそう。怪我は無い?」
「はい、大丈夫です」
「んじゃ気をつけて帰ってきてね。帰り着くまでが…」
死神様が通話を切ろうとしたとき、向こうからあいつがやってきて。
「マカぁぁぁぁぁ元気かーーーーー?!」
俺とマカは眉をひそめた。デスサイズ…。
「うん元気だから」
「どうした!雪まみれじゃないか!」
「ソウル君がハンドル操作誤ったってさ」
…言わないで欲しかった。
「おいソウル!俺のマカに何かあったらどうs「パパ」
あいつが何か叫ぼうとしたとき、マカがそれを遮った。
「 俺の とかつけないであと邪魔」
彼女が低い声でそう言うと、あいつはなんかぶつぶつ言いながらウィンドウの奥へと消えていった。
「んじゃ改めて言うけど、気をつけて帰ってきてね。帰り着くまでが課外授業だよ」
「「はーい」」
「そいじゃバイバーイ」
ブツッと通話を切る音がした。目の前のウィンドウには、俺とマカがうっすらと映っていた。
「…帰るか」
「え?なんで?」
「なんで、って…」
「雪だるま作りたい」
「…分かったよ」
行ってこいと言ってやると、彼女はわーいとか言いながら走っていった。俺もその後ろを滑らないように歩いていった。
enど。